「本当にもう大丈夫なのかい?」
「ああ。迷惑かけて悪かったな」


 宿屋の入り口前で、笑いながらビクトールが女将に礼を言っている。何しろ、かなりの
 間、療養していたのだ。女将としても心配で仕方がないのだろう。


「でも本当に、目が見えるようになって良かったね」


 まるで自分の事のように喜ぶ女将を見ていると、何だか見ているほうも嬉しくなってく
 る。


「ところで、お連れさんはどうしたんだい?あの銀髪の美形の…」
「ああっ。アイツなら、俺が治った事を知り合いに連絡して来るって言って、先に出てい
 ったんだ」
「いくら治ったからと言っても、勝手に先に行くなんて薄情だねぇ」
「大丈夫。すぐそこで待ち合わせしているからっ」


 その会話を聞いて、もう少しマシな嘘がつけないのかと溜息をついてしまう。
 あの事件の後、力を使い果たしてしまった私は、人型を保てる程の力が残されておらず、
 仕方なく本体に戻ったままだった。
 次に人型になれるまでには、後数日はかかるだろう。
 それから見送りに来てくれた医者にも礼を言って、私達はこの村を後にした。思えば長
 い間、この村に滞在していたのだ。何やら感慨深いものを感じる。


「かなり遅れを取ったからなー。急いでノースウィンドゥに行かないと、アウラに怒られ
ちまう」
「まあ、自業自得といった所だな」


 人の姿が見えなくなったので、私も声を出して話し始めた。


「何だよソレ。悪いのはネクロードのせいじゃねーか」
「最初から大人しく傷を見せていれば、ここまでややこしくならなかったとは思わない
 か?」
「俺に非はないって言っただろー」
「覚えてないな」
「……泣いたくせに」


 その言葉を聞いて、私は思い出したくもない記憶を思い出してしまった。あの事実は幻
 だったと思いたい。


「…でもサンキュ…な。星辰剣のおかげで助かった」


 素直な感謝の言葉を述べられて、私は何も言えなくなった。
 何だか。
 この男に出会ってから、私はかなり降り回されていないだろうか。
 予測のつかない行動ばかりとって、穏やかな日々があった試しがない。
 だが、心の奥底で、それが楽しいと感じている自分がいる。
 次に何が起こるのかわからない事ばかり、私に与えてくる。
 何て不確かで自由な生き物。
 きっと、おそらく。
 この男の命が続く限り、私に安息の日々はないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「あっっ」


 突然大声を出したビクトールに、私は何やら嫌な予感がした。


「どうした?」


 取り敢えず聞いてみる。こう見えても私は紳士なのだ。


「ほらっ。あそこで子供がモンスターに襲われているっ」


 見れば遥か前方に、数人の子供がモンスターに襲われていた。しかし、ここから何百メ
 ートルも離れている距離なのに、何故そんなにハッキリと確認できるのだ貴様は。やはり
 人間ではないだろう。


「よっし。助けに行くぞっ」
「またかっっっ」
「だって見ちまったもんは仕方ねーだろー」


 そう言ったが早いか、既にビクトールの足はその現場に向けられて走り出していた。


「貴様には、学習能力というものが存在しとらんのかーっ!!!!!!!!!」
「人助けなんだから、文句言うなよなーっ」
「そういうのを、お節介と言うのだ馬鹿者っ!!!!」


 私が叫ぶと、ビクトールは満面の笑みを私に向けた。


「じゃあ、星辰剣もお節介の馬鹿者だな」


 ああそうだ。私も馬鹿者だ。
 たかが人間である貴様を、命がけで助けようとした大馬鹿者だ。

 

 

 



 それを素直に認めて、私は気づかれないように小さく笑った。

 

 


 

 

 

 

 

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