「これでラスト、っと」
軽い運動をしているかのように剣を振るうと、最後まで立っていたモンスターが鈍い音を
たてて崩れ落ちた。ビクトールの周囲には、幾つもの屍が転がっている。それを見届けて
私はやれやれと溜息をついた。
コイツに喧嘩を売ったのが運のツキだな。全ての能力が戦闘能力に吸い取られている男
だ。そこいらの雑魚では瞬殺も当然だろう。
「…悪かったな、戦闘能力しかなくって」
おや。思わず声に出していたか。私は取り繕うかのように軽く咳き込む。
「誉めているのだよ、これでも」
「何処がだよ」
ブツブツと文句を言いながらビクトールは、先程から木陰でこちらの様子を覗っていた少
女の元に歩いて行く。
そう。この戦闘の発端はこの少女にあった。
ネクロードを倒し、解放軍の元から一時離れたビクトールは、故郷であるノースウィンゥに
向かう途中この森に迷い込み、そこでモンスターに襲われている少女と遭遇してしまった
のである。
こういった揉め事には必ず手を出す熊である。獲物を見つけた瞳をすると勢い良く駆け出
し、現在の状況に至る。
「貴様のお節介も、何とかしないとな」
「お節介じゃなくて、正義の味方っつーんだよ。こういう場合」
「その度に戦闘に入られては、私の体がもたない」
「何言ってんだよ。お前は最強なんだろー?これぐらいの雑魚ごときで、どうにかなるワケ
ないじゃん」
確かに私は史上最強だと言っても過言ではないだろう。だがしかし、こう毎日毎日戦闘に
入られると、いくら私でも身が持たない。しかもこんな雑魚程度に私が使われるのかと思
うと、腹ただしいものがある。
何か言い返してやろうかと思ったが、少女の姿が近づいてきたので口を閉じた。こんなく
だらない言い争いで、いたいけな少女を恐がらせても仕方がない。こう見えても私はフェミ
ニストなのだ。
「大丈夫か嬢ちゃん?」
恐がらせないように、少女と目線を合わせるためしゃがみ込んで尋ねるビクトールに、少
女は脅えながらもゆっくりと頷いた。
「あ…あの…、有難うございました」
「いいって事よ。怪我がなくて良かったな」
そう言って笑うビクトールを見て、少女の警戒心が解けていったのが感じられた。この男
の持つ笑顔は、ある意味特技と言っても過言ではないだろう。
「最近は物騒だから、一人でこんな森の中を歩くんじゃねーぞ」
「はい…すみません」
「ああ、怒ってるんじゃねーから謝らなくてもいいって。それより、何処から来たんだ」
「あ…。この向こうにあるリコの村から、山菜を取りに来たんです」
そう言って少女は、森の奥を指差した。その方向は、今私達がやってきた方向でもある。
「そっか。俺も今、そのリコの村を通って来たんだよ」
「何処かに行かれるんですか?」
「ああ。ちょっとノースウィンドゥまで…な」
「ノースウィンドゥですか?」
少女は驚いて、声を少し上げる。
無理もない。
ノースウィンドゥの悲劇は、この近辺の大陸の者ならば、どんな形であれ伝わっているの
だろう。
「そうだけど…何か驚くような事かな?」
ビクトールが不思議そうに問いかける。
「だってノースウィンドゥですよね?それってこっちの道筋じゃないですよ。もう一つ向こ
う側にあった道が、ノースゥインドゥ方面に繋がっているんです」
「ああっ、やっぱりか?俺も、何か見た事ない風景だなーって思ってたんだよ」
何?
今何と言った?
では何か?貴様は間違っている道を、いかにも自身有り気に歩いていたと言うのか?
「今からだと、今夜中にはこの森を抜けられませんよ?」
「ああ。大丈夫大丈夫。野宿には慣れているからさ」
何故そんなに呑気に笑っているのだ、この男は。この少女に遭遇しなければ、延々と違う
道を歩いていたのだぞ。
この…この……。
「このたわけがぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
思わず大声で叫んでしまったが、後の祭だった。
少女が驚いた顔で私をじっと見つめている。
「い……今、剣が喋った……?」
「じゃっ。そういう事で嬢ちゃんも気をつけて帰れよ。あ、道教えてくれてサンキュな」
テキパキと早口で喋って、ビクトールはその場からダッシュで駆け出した。こういう行動の
素早さは、いつもの事ながら感心させられる。後方で、先程の少女が呆然とコチラを見て
いるのがわかった。今日の事は夢や幻だと思って忘れてくれ。
「お前なー、人前では喋るなって言っているだろー」
「何を言うか。先程のは、貴様のあまりにもの阿呆加減のせいだろうがっ」
「俺のせいかよっ」
「貴様のせいだっ」
傍から見れば異様な光景だっただろう。
熊のような男が、剣相手に本気で口喧嘩しているのだから。
紹介し忘れていたが私の名前は星辰剣。
真の紋章の一つ、夜の紋章の化身である史上最高の名剣。そして現在、ビクトール相手
に本気で口喧嘩をしているのが私だ。
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