空が完全に夜に支配された頃、星見町の一角にある喫茶『ポラール』は一際賑やかになっ てきた。夕方から始まったスバル歓迎会が、徐々に盛り上がってきたようである。 ただ、盛り上がり方にニ種類あるようで、子供達は並べられた料理を前にして盛り上がっ ていたが、大人達はスバルが持ってきたアルクトス地酒を前にして盛り上がっていたのであ る。アルクトス地酒とは、アルクトス復興後作られたもので、後々の観光資金源にと考えて いるものだ。王様はいろいろと考えているらしい。 そんな中、『ポラール』の前に車の止まる音が聞こえ、暫くするとエリスが勢い良く店内 に入ってきた。
「ごめーんっっ。遅れちゃった」
しかし店内を見回したと同時に、エリスは大人チームの盛り上がり方を見て暫く動きを止 める。そして何事も無かったかのように銀河達の元に歩いて行った。
「スバルー。久し振り。遅れてごめんね」 「いや。構わないぞエリス。こっちこそ久し振りに会えて嬉しい」 「……さすがエリス。あの光景を見て動揺しないとは」 「それに笑顔で応えられるスバルも、ある意味凄いよね…」
ほのぼのと続けられる会話が、この異様な空間の中で妙な異彩を放っている。 エリスは着ていた上着を脱ぐと、空いていた席に座った。
「エリ姉―。ジュース飲む?」 「乙女ちゃん優しー。頂くわ」
そう言うと、乙女は嬉しそうに新しいグラスを取り出してオレンジジュースを注いだ。た どたどしい動作が可愛らしくて、見ている方が笑顔になってしまう。
「はい。どーぞ」 「ありがとう。乙女ちゃん、良いお嫁さんになるわよー」
エリスがそう言ったと同時に、側で料理を食べていたスバルが苦しそうに胸を叩いた。ど うやら喉を詰まらせたらしい。
「うっわ。スバル大丈夫?」 「取り敢えず水飲めっ、水っっ」 「?…スバ兄どうしたの?」 「さぁ。どうしたのかしらねー」
きょとんとした乙女にクスクスと笑いながら応え、エリスはいれてもらったジュースを飲 んだ。少しすっぱい柑橘の味が、疲れた体に染み渡る。
「はーっ、美味しいー。もう急いで来たから喉がカラカラだったのよねぇ」 「随分と時間がかかったみたいだね」 「そうなのよ、もう。新人が入るだけなのに、こんな時間まで拘束されちゃったわよ」 「……GEARに誰か入るのか?」
水を飲んで落ちついたスバルが、少し涙目で聞いてきた。
「そう。明日から新しい研究員が一人入るんだよ」 「その準備に、今日呼び出されちゃったわけなの。当分の間、私と同じ部門で働くからね」 「大変だな。研究主任というのも」 「もぅ慣れちゃったけどね。それよりも私は北斗の方が大変だったと思うわよ」 「僕?」
いきなり話題をふられて北斗は驚いた。
「何かしたっけ?」 「ほら。学校で私達の分まで居残りさせちゃったじゃない」
そう言われて北斗は「ああ」と両手を打ち、何の事を言っているのか理解した。 本日北斗は、仕事に呼び出されたエリスと、スバルを迎えに行った銀河の変わりに、たっ た一人で担任と学年主任と話し合いをしていたのだ。何故、こんな話し合いの場を設けられ たのかと言うと、全ては電童のパイロットだからと言うしかない。電童のパイロットである 北斗と銀河、並びにその保守を努めるエリスは要請があれば、授業を後回しにして出動しな ければならない立場だ。昔に比べ、その正体も隠さなくて良い分楽なのだが、その変わりに 授業や学力テストの厳しさが付いてきた。テスト自体をサボった事もある。いくら電童のパ イロット言えど学生である以上、学業が疎かになる事に学校側は良い顔ををするわけがない。 学業テストで挽回すれば見逃してくれそうにも感じるのだが、北斗やエリスはともかく銀河 が致命的だった。それに学業の方もなのだが、三人の出席日数もかなりギリギリらしい。 この追い詰められた状況を、どう打破するか。 その打開作を決める為に、本日の話し合いが行われたのだった。本来ならば三人纏めて話 し合うつもりだったのだが、いろいろな出来事が重なって北斗一人だけになってしまったの だが。
「でも、僕一人の方が話も早かったし、別に大変でもなかったよ」 「そうそう。北斗は先生達に気に入られているしな」
健康優良児即実行動型の銀河と、既に大学を卒業をして博士号も会得しているエリスと比 べれば、一見大人しくて程々に頭の良い北斗は先生も扱いやすいと思っているのだろう。
「ちょっと演技すれば直ぐ信じてくれるしね。もう楽で楽で…」
その本性を知れば、実はこの男が一番扱い難いと知るのだろうが、きっと先生達は永遠に その本性に気づかないいまま彼の卒業を迎えるのだろう。北斗は、子羊の皮を被った王子 様なのだった。
「感謝してよね。おかげで、追試テストは免除してもらったよ」 「うっわマジ?北斗すげー」 「よく免除してもらえたわね。私、今週末は拘束される覚悟していたわよ」 「ふふふふふ。まあね、いろいろと手は回させてもらいましたからね」
いろいろって…何?という突っ込みを心に秘めて、銀河とエリスは北斗を褒め称えた。
「その変わりに、一ヶ月後に三人で纏めたレポートの提出で納得させたよ。さすがに、少し は学校側を尊重しないと駄目だからね。僕達が授業やテストに出られない間、一体何を得て いるのかを報告すれば免除してくれるってさ」 「……はぁ?どういう意味だ?」 「つまり僕達の活動は、学校では得られない知識をこんなにも得る事が出来るんですよー。 って言う事をレポートにするわけ。わかった?」 「知識って…何か得たっけ?」 「つまり、私達だけが書けるレポートを書いてしまえばOKって事?」 「まぁそう言う事。簡単に言えば、アルクトスの事とか書いてしまえばいいわけ」 「ああ。成る程」
そう言われて、やっと銀河は納得した。 アルクトス。それは三年前から地球と友好的な関係になった惑星。全ての始まりで終わり だった場所。 今、この地球では密かなアルクトスブームが起きていた。アルクトスに関するTVが特集 されたり、アルクトス攻略本なども発行されている。しかし、これらの著作物も全ては憶測 だけで書かれたり作られたりしていた。何故ならアルクトスには、GEARの者だけしか渡 れないからだ。 高度な宇宙船を作る技術が一般企業に無いと言えばそうなのだが、理由はそれだけではな い。未だに復興作業が続いているアルクトスに、一般人が入るのは危険であり、率直に言え ば迷惑だという意見もある。 いつかは、自由にアルクトスへと渡れる日がくるだろう。だが、今はその時期ではない。 ただそれだけなのだ。 ところで何故このようなアルクトスブームが起きているのかと言うと、理由はいろいろと あるのだがきっかけはアルテアの存在であろう。 アルクトスの王になったアルテア。王ではあるがアルクトスの人口が少ない為、外交官役 も引き受けている彼は、他の者よりもTVや雑誌取材を受ける機会が多い。その見目麗しい 容姿だけでなく、落ちついた物腰、少し癖のある喋り方、宇宙人のくせに日本人よりも日本 人らしい倭魂を受け継いでいる事が、多くの女性層に受けたのである。聞けば、非公認ファ ンクラブもあるらしい。女性の勢いというものは凄いものだ。 その人気に煽られてか、それ以降アルクトスに関する物が発表されてきた。それらが先程 にも出てきた著作物なのである。
「今やアルクトスブームは世界的現象になっているからね。先生達も興味があるんじゃない の?」
何せ、目の前には本物のアルクトスに降り立った人物がいるのだからね。と北斗は、のほ ほんと茶を啜る。アルクトスに降り立ったどころか、地球も救ってしまったお子達でもある のだから、学校側もいろいろと聞きたい事もあるのだろう。しかし教師といえど、生徒のプ ライバシーに事細かく突っ込めるはずもない。だが聞きたい知りたいと思うのが人間の常。
「そんな状況の中で、このレポート案は渡りに船だったろうね。僕達の学校側に対する体面 も守られるし、先生達の好奇心も補われるし」 「……もしかしなくても、わざとそっちの方向に話を持っていったんじゃないわよね」 「もしかしなくても、わざとだよ」
エリスが恐る恐る聞くと、北斗はへろっと言った。
「だってこうでもしないと、今週と来週の土日は補修と追試テストで全滅になるし、そうな ったらそうなったで、僕とエリスはともかく銀河は絶望的だし。というワケで一番無難な方 法を取らせていただきました」
恐るべしは草薙北斗。この男だけは、敵に回したくはない。一度だけ敵に回った事がある だけに、その恐怖は二人とも経験済みだ。
「まぁ…手段はともかく、結果としてテストが無くなったのは喜んでいいんだよな?」 「そうね。万歳三唱してもいいぐらいじゃない?」
終わり良ければ全て良しと言うし。意味は違うかもしれないけれど。
「で、アルクトスの何をテーマに書くわけ?北斗の事だから、もうテーマは決めているんで しょ?」 「うん。この前、母さんから聞いた昔話を書こうかなーと思っているんだ」 「昔話?」 「そう。『蒼天の騎士』っていう話なんだけどね」
その題名を聞いて、乙女の相手をしていたスバルがこちらに顔を向けた。
「それなら僕も知っている。以前、兄上から聞いた話だ。確か、傷ついた竜を助けた騎士ア クティスが恩返しに雲の迷宮に招かれ、そこにいる天空の乙女と恋におちるという話だ」 「へー。ロマンチックな話だな」 「しかしその後、乙女を守るために天の蛇を殺してしまったアクティスは天界を追放され、 地上に戻ると既に何百年も経っていたらしい」 「あ。それってこの前放送していた『世界不思議遭遇』でやっていた話でしょ?」
エリスは、以前TVで見た内容を思い出して言った。『世界不思議遭遇』とは、世界の様々 な謎や伝説にスポットをあてて問題を出すというクイズ番組である。そう言えば以前にアル クトス特集を行い、GEARにも取材が来ていたはずだ。
「……しかし浦島太郎みたいな話だな」 「僕も最初はそう思ったよ。でも、別の話にも似ていると思わない?」 「別の?」 「思いつかない?」
そう言われて銀河は真剣に悩む。乙女によく本を読んでやっていたので、そういった類の 話には詳しいのだが、一向に思いつかない。 降参して北斗に答えを聞こうと口を開いたその時、横からエリスの声が聞こえた。
「それって……古事記じゃない?」
ぽつりと。呟くように言った。
「よく知っているねエリス。そう、古事記が正解。どうもいろいろ聞いていると、アルクトス と日本の昔話って、共通点が多いみたいなんだよ。もしかしたら何か繋がりがあるんじゃな いのかなーっ、と思ってさ」 「へぇー。何か面白そうだなー」
なぁエリス。と銀河がエリスの方に視線を向けると、エリスは何かに驚いた表情をして北 斗を見ていた。
「……エリス?」 「驚いた」 「どうしたんだ?」 「北斗が、同じ事を言ったから」 「何がだよ」 「アルクトスと日本の昔話が、酷似している事…」
エリスは少し息を吐いて、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「明日、GEARに新人が入るって言ったわよね。…その人もね、北斗と同じ事を言ったの。 アルクトスと日本の昔話はどこか似ていますね…って」
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