ずっと探していたのだ。誰かを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた瞬間、自分が何処にいるのかわからなかった。
 見慣れた風景のはずなのに、何故か違和感を覚える。
 ここは何処なのだろう。自分は誰なのだろう。
 あの人は何処にいるのだろう。
 そんな事をぼんやりと考えている間に、寝起きの頭はゆっくりと覚醒していった。
 自分の今いる場所。そう、自分の部屋だ。そして自分が誰なのかもハッキリと理解できる。
 気だるい体を起こして、ベッドの上に射し込む朝の光をぼんやりと眺めてみた。
 どうもここ最近の自分はおかしいと思う。自分自身でおかしいと思うのだから、他人の目
 から見た自分はもっとおかしく映るのではないのだろうか。そういえば最近、母親の自分を
 見る視線が変わってきたような気がする。
 そんな事を思い出して、自嘲めいた笑いが出てきた。
 いつからだろう。こんなにも自分という存在があやふやなモノに感じるようになったのは。
 この体もこの心も。
 まるで別の誰かのモノに感じてしまうようになったのは。
 自分は自分だ。それだけは確かなのに。
 それでも毎朝、目覚めるたびに自分の存在を忘れてしまう。
 暖かい陽射しを感じるのに、背筋がゾクリと震えた。
 怖い。
 このままでは、自分という存在が何かに摩り替わってしまうのではないだろうか。
 ふざけた考えかもしれない。だが、それを否定できない。
 いったい、自分はどうなってしまったのだろうか。

「畜生……」

 震える体を、己の手で抱きしめる。
 こんな事、誰にも言えない。言えばそれだけで、自分がおかしくなってしまったのではな
 いのだろうかと疑うに決まっているからだ。
 いや。本当はとうの昔に、おかしくなっているのだろうか。もうそれさえも、わからない。
 その時、窓の外から音が聞こえてきた。何かが空を飛ぶ音。飛行機の音に似ているが、あ
 きらかにそれとは違う音だ。
 半分だけ開いていたカーテンを勢い良く全開する。朝日が眩しくて、僅かに目を細めた。
 その時。
 目に飛び込んできたのは、白と青のフォルム。雲一つない青空に、その姿は凛々しく映し
 出されていた。
 あれはTVで何度も見た事のある。
 そう、あれは。

「電童……」

 声に出して呟くと、心臓が止まるかのような衝撃を受けた。
 自分ではない心が、アレに反応している。
 電童。それはこの地球の平和を守った、巨大ロボット。戦いが終わった今は、救助活動な
 どで主に活躍していると聞いた事がある。
 ならば今飛び立ったのも、何か要請があり出動したという事なのだろう。
 もう空に電童の姿は見えない。だが、その場所から視線を外す事ができなかった。
 心臓の音が煩いほどに高鳴っている。心の奥底から、何かが溢れ出してきた。

(やっと。)
(ああやっと。)
(出会える事が出来る。)

 何に?

(ずっと待っていた、この時を。)

 この心は?

 動悸が激しくなって、ベッドの上でうずくまる。
 苦しい。悲しい。
 自分ではない心が、悲鳴を上げている。

(会いたい。)

 誰に?

(愛しい人。)

 誰?

 頭がグラグラとする。一体何だというのだろうこれは。
 心が、何かに犯されていく。真っ暗な闇が迫っているような感覚。
 もう、正常を保っていられなかった。
 一度大きく痙攣すると、再びベッドの上に倒れ込んだ。何も考えられない。
 もしかしたら、自分はこのまま死んでしまうのではないだろうか。
 遠のく意識の中、自分が泣いている事に気づいた。
 それが、苦しくて泣いているのか悲しくて泣いているのか。
 それは自分の涙なのか、それとも別の涙なのか。
 もう。それさえもわからなかった。










→第1話
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