「好きなんだ」
決死の思いで、その言葉を口にした。 それを聞いた太一は、たっぷり十秒は呆然としていた。
いつから太一の事を好きになったのだろう。 自分でもよくわからないが、おそらくデジタルワールドから帰ってきた後ぐらいじゃない だろうか。その時期から、どうも俺の視界に太一がよく入るようになってきていた。 その時は、騒がしい奴だから目に入るんだろう。と思っていたのだが、いつの間にか太一 の姿を探している自分に気づいた。 太一のあの笑顔を見るだけで、一日中幸せになれる自分に気づいてしまった。 しかも成長するに従って、太一の何気ない仕種や言葉に降り回されるようになってしまい。 ある日、突然自覚してしまったのだ。 俺は太一の事が好きなんだって。 例えば授業中。 太一のクラスが校庭で体育をしている時、一番はしゃいでいるその姿を眺めたり。 タイミング良く登下校が一緒になったりすると、妙にドキドキしたり。 俺の視線は、自然と太一だけを見るようになっていた。 昔の俺からは、とうてい考えられなかった現実。 正直言って、俺の太一に対する印象は最悪だった。 自分の事しか考えていない、他人の心なんか何も考えていないデリカシーのない奴だって。 だけど、その考えはデジタルワールドで一緒に冒険している内に変化していった。 太一は、真っ直ぐなのだ。全てに対して。 そして何よりも誰よりも自分に正直で、自分に厳しい。 只の馬鹿なら、他人には厳しく自分には甘いのに、太一はそれを許さないのだ。 驚いた。 そして何もかも自分と正反対な太一に、よけい苛立った。 俺は弱いから。自分で自覚があるぐらい、情けないから。 太一の強さと純粋さに憧れ、憎んだ。 酷い喧嘩も沢山した。その一つ一つに、太一は正面からぶつかってくれた。 そして俺を最後まで信じてくれた。 その心がとても嬉しくて、あの冒険が終わった直後から、俺の姿は自然と太一を探してい たのだろう。 太一が側にいて、笑ってくれるだけで。 自分の中に、太一の勇気が流れ込んでくるような気がしたからだ。 俺はとても大切な親友が出来たと思っていた。その時までは。 だけどある日気づいてしまったんだ。 太一の視線は、常に前を見つめているって。 俺だけを写しているんじゃないんだって。 それが悔しかった。 俺だけを見て欲しかった。 何という我侭なのだろう。 これでは昔の俺と何ら変わりはしない。 この感情は、タケルへの依存を太一へと移行しただけなのだろうか。 いや違う。 これはもっと別のもの。 もっと別の『好き』という想い。
「俺の事が……好き?」
そうなんだ太一。 好き、なんだお前の事。 どうしようもないぐらい好きなんだ。 俺の突然の告白に戸惑っているんだろう。 太一は何かを言おうとしているようだが、上手く口に出せないみたいだ。 やっぱり…嫌だったよな。こういうの。
「悪い…突然こんな事言って…。太一の気持ちも考えないで……迷惑だったよな」
だけれど次の瞬間、太一は信じられない事を言った。
「俺も…。俺もヤマトの事、好きだよ」
一瞬、信じられないものを聞いたような気がしたが、その意味を理解した。 太一は俺が友情の意味で言ったと思っているんだ。 そりゃそうだろう。 今迄、親友と思っていた男から突然告白されたら、誰だってそう思うさ。 どうしよう。 言った方が良いんだろうか。 このまま誤魔化せば、これからもずっと親友という立場で太一の側にいられる。 でも。
「……違うんだ、太一」
駄目なんだ。
「太一の好き…と、俺の好きは別モノなんだ……」
もう俺の心は、親友という立場に甘えているのは限界なんだ。
「太一は俺の事、友達として好きだって言うんだろ?…だけど、俺はそうじゃなくて 一人の男として……。その…そういう意味での好きなんだ……」
言ってしまった。 後悔はしていない。と思う。 でも太一の返事を聞くのが怖くて、俺は妙に饒舌になってしまった。 自分でも何を言っているのかわからない。
「本当は言うつもりじゃなかったんだけど…だけど、もう如何し様もなくなって…。こ のまま黙っているのが、どうしても 辛くなって…」
「ヤマト…?」
「御免、太一。もう俺、お前の親友でいる事が出来なかったんだ」
「ヤマト…ちょっと…」
「嫌…だろ?男から告白されるなんてさ…。御免…本当に御免。もう、太一の側に近づ かないようにするから。でないと俺、何するかわからないから…」
言っていて段々情けなくなってきた。 どうしようか。このまま逃げだそうかなぁ。と自虐的な考えをしていた時、目の前に いる太一が身動きした。
「ヤマト!」
突然大声で呼ばれて、俺は俯いていた顔を上げた。 俺の直ぐ目の前に太一の顔。 次の瞬間。
俺は太一にキスされた。
俺よりも暖かくて柔らかい唇。 身長差のせいか、目をつぶっている太一の顔がよく見える。 以外と長い睫だというのを初めて気づいた。 自分自信、妙に冷静にそれを受け止めたと思っている。 正直に言うと、自分の理解範囲を超えてしまい、何がなんだかわからなくなっていた だけなのだが。 まるで永遠に感じられた触れ合い。 もしかしたらほんの一瞬だったのかもしれない。 太一が俺から離れて、そしてやっと現状を把握した。 俺、太一とキスしたのかっ? そう思考が追いつくと、俺の顔は耳が痛いぐらいに熱くなるのを感じた。 しかもしかも。
「………ヤマト?」
ちょっと上目遣いでコチラの様子を覗う太一が妙に可愛くて。
「わーっっっっ!!!!!ヤマトーーーっっっっ!!!!!!!」
俺の意識はそこから見事にブラックアウトした。 完全に意識を失う瞬間、頭部に激痛が走ったから頭から倒れたのだろう。 情けない。
「ヤマト……?」
朦朧とする意識の中で太一の声が聞こえたような気がする。 だけど俺は目覚めない。 目覚める前に、いろんな事を整理しなければならないからだ。 最初から辿っていくと、まず最初に俺が告白した。 次に太一も好きだって。 でも俺はそれが、友情の好きだと思って。 そうしたら太一がキスしてくれて…。 つまりは、アレなのだろうか。 両想い。 というヤツなのでは。 その結論に辿りつくと、俺はこれが夢なのではないかと疑った。 きっと目覚めたら何もかもが嘘だったりするのだ。そして自分の妄想に少し自嘲めい た笑いをつけて、恥ずかしい気分で朝を迎えたりするのである。 でも、もしこれが現実ならば。 こんな醜態を曝して、余計に恥ずかしい思いをするのだろう。 でも同じ恥ずかしい思いをするなら後者の方がいい。 そして今度は男らしく、俺の方からキスしてやるんだ。絶対に。
「………太一?」
意を決して目を開いた。目の前に太一がいた。 夢じゃなかったんだ。 俺が気づいたのを知ると、太一は見惚れるような笑顔で言った。
「俺もヤマトの事好きだったんだよ。知らなかっだろ」
まるで夢のような言葉。 これが現実かどうか確かめるために、俺は痛む頭を抑えて起き上がりまだ笑っている 太一にキスをした。
太一さんの場合→