「うぁ〜、やっとセントビナーに着いたよ〜。アニスちゃんもう動けない〜」
街に入ったと同時に、アニスはヘナヘナとその場に座り込んでしまった。街に着いた事で、 今までの疲労が一気に襲ってきたのだろう。コンチクショー、頼まれたって動かないぞ。 あ、でもでも白馬の王子さまが迎えに来てくれたら動いてもいいかな〜。いっそ姫抱きで よろしくお願いします。…と、考えてしまう程に疲れていた。
「まあ前衛で戦えるのが、アニスとガイだけですからねぇ」 「俺でもかなりキツいからな…。ここまで、アニスが頑張れたのは凄いよ」
ナタリアとイオンをダアトから救出してから、ここセントビナーにたどりつくまで、かな りの回り道をしてきた。その間に行われた戦闘は、ガイとアニスの物理攻撃に頼るところ が多かったのだ。
「まぁ、アニスちゃんは無敵ですから。でもでも、アッシュがいなくなったのは辛いな〜。 何で一緒に行動してくれないんだろ?」 「そうですわね…。彼、今頃何をしているのかしら…」
アニスの言葉に、ナタリアは悲しそうな顔をして、ようやく会えた幼馴染みを想った。 アッシュ…。本物のルーク・フォン・ファブレ。 そう。偽物ではない、本物のルーク。
「…ルークがここにいたら、良かったんですけどね」
イオンが寂しそうに呟いた。その言葉を聞いた仲間達は、一瞬無言になる。
「な…何言っているんですかイオン様!!あんな馬鹿いても、なんにもならないですよ!!」 「そうですか?ルークはとても頼りになったと、僕は思いますよ?」
優しい笑顔で、イオンはアニスに語りかける。
「…確かに剣の腕前はありましたけど……」
人としてはどうかと思います。 そう言葉を続けたかったが、目の前にいるイオン。そして先程から無言でいるティアやガ イに言える言葉ではなかった。
「消えてしまったレプリカの事を考えても仕方ないですよ」 「…ジェイド!」 「事実でしょう。それよりも私達には、やらなければいけない事がある」 違いますか?
そうジェイドに問われ、ガイは返す言葉が見つからなかった。
あの日、アラミス勇水洞でティアから聞かされた出来事。 ルークとミュウが、消えてしまった。 それを聞いた時、ユリアシティから出ていったのか。もしかして、すれ違ってしまったの かと思ったがそうではなかった。 言葉通り、消えてしまったのだ。誰もルークとミュウが、部屋から出て行った姿を見てい ないし、唯一の出入口 であるユリアロードも使用されていないという。 そしてティアが体験した、異常なまでの第七音素の暴走。 それを後から聞かされたジェイドは、皆にこう告げた。
ルークは消滅した、と。
レプリカは第七音素で構成されている。そして、何らかの形でレプリカが死ぬ時、何の痕 跡も残さずに第七音素となって消えていく。今回の出来事は、まさにソレだと。ミュウは おそらく、その現象に巻き込まれたのだろうと。 冷静な顔で、淡々と言葉を続けるジェイドをガイは殴ってやりたいと思った。お前何言っ てるんだ。それではルークが死んだって言っているみたいじゃないか。 ティアもそう思ったのだろう。静かに息を呑んでジェイドを見つめていた。 駄目だよティア。納得しちゃいけない。ルークはきっと生きているさ。 ガイはそう伝えようとしたが、それは喉の奥から出てこようとしなかった。 それは、他ならぬ自分自身がルークの死をどこかで認めてしまったからで。 どこかで、それを望んでいたからで。 レプリカであるルークを育ててきたのは自分だった。いつか殺してやると決めていた子供 に、教育を施していたのも自分だった。ルークの思考を閉ざしたまま成長させ、それを放 置したのも自分だった。 あの時。 アクゼリュスで見放したのも自分だった。 そうだ。これは自分が望んだ結末ではないか。 自分のしてきた行動の結果がこれだ。おめでとう、ガイラルディア・ガラン・ガルディオ ス。お前の復讐は、今やっと果たされたのだ。何て素晴らしく、滑稽な結末だろう。 誰にも気づかれないようにコッソリ笑うと、ガイは両目を手で覆い隠し天を仰いだ。
でもな、ルーク。
お前を迎えに行こうとした自分も、確かにいたんだ。 手で隠しきれなかった涙が、一筋流れた。
街の中は妙な活気に包まれていた。 以前訪れた時とは違う人々の動きに、ジェイド達は首を傾げる。
「何だか慌ただしいですわね」 「ええ。いったいどうしたのかしら」
行列ができている道具屋や食材屋を通りすぎて、一行は街の中心にある老マクガヴァンの 屋敷へと向かった。屋敷の入口には、遠くからでも判別できる豊かな髭が見える。
「おお、ジェイドじゃないか」
近づいてくるジェイド達に気づいて、老マクガヴァンは声をあげる。何かを話し合ってい たのだろう。側には数人の兵士が控えていた。
「突然の来訪、申し訳ありません。至急元師にお伝えしたい事があります」 「…その様子だと、深刻な内容みたいだな」 「はい。事態は急を要します」
ふむ、と頷くと、老マクガヴァンは兵士達に顔を向け合図を送った。それに一礼すると、 兵士達は各自決められた持ち場へと散開する。それを見送ると、老マクガヴァンは驚くよ うな内容を言った。
「お前達が伝えたい事は……、このセントビナーが崩落するという事か?」 「…っ!どうしてそれを!?」
それは確かに、今自分達が告げようとした事実だった。だがこの事は、自分達とマルクト 帝国、そしてユリアシティの一部しか知らないはずだ。
「…そうか。やはり事実だったんだな。…ならばジェイド、避難の準備は皆できている。 いつ避難を開始してもよいぞ」 「ちょ…ちょっと待ってくださいよ〜。どうしてここが崩落するってわかったんですか?」
あまりの準備の良さに誰もが驚いた。周囲を見回すと、先程の兵士達が街の人々に避難勧 告を伝えている。
「いや、我々もお前さん達に言われるまでは、半信半擬ではあったよ。しかしここ数日の 間に、大きな地震が頻繁に起こりだしてな。…あの子の言う事は本当なのかもしれんと思 い、用心だけはしておいたのだ」 「…あの子?その誰かが、ここの崩落を知っていたのですか?」 「うむ。ここがもうすぐ崩落するからと、危ないから早く避難してくれと言ってな。最初 その姿を見た時は驚いたものだ。小さな子供がボロボロの姿で、いきなり現れたのだから な」
しかも内容がそれだ、と言って老マクガヴァンは笑う。 それは確かに驚くだろう。崩落を知っているジェイド達ですら驚いたのだから。それを伝 えたのが子供だというなら尚更だ。
「でも、どうしてその子供は、ここの崩落を知っていたんだ?俺達もアッシュに言われて 気づいたんだぞ?」 「…それは後で本人に聞けばいいでしょう。今は住民の避難が優先です」
街の外で待機しているマルクト軍に指示を出そうとしたジェイドだったが、それは老マク ガヴァンに止められた。
「いや、その指示は私がしておこう。お前さん達は、あの子に会ってくればいい」
何故かそんな気がするのだ、と。そう言って、目の前にいるジェイド達を見つめながら、 老マクガヴァンは、あの日突然現れた子供の姿を思い出した。 まだ小さな子供なのに、全ての絶望を見てきたような、あの子供を。 今ここにいる皆に会わせた方が良いと、何故かそう思った。多分それは。
「あの子はきっと、ソイルの木にいるはずだ。あれがとても好きらしい」 「…その子の名前は?」 「カルマ」
それはきっと。
「青空のような髪を持った子だ」
きっと。
今、ここにはいない、あの鮮やかな朱の髪を持った子を、どこか思い出させたからだ。