その時、窓を叩く音にキースは気づいた。
動かしていた手を休め顔を上げると、見慣れた金髪が目に飛び込んでくる。
キースは苦笑すると、外からの客を招き入れる為に窓辺に近づいた。
「どうしたんだバーン?こんな時間に訪ねて来るなんて珍しいじゃないか」
声を出すと、白い息も出る。
暦の上では春らしいが、まだ気温は真冬のように寒い。
「んー…。ちょっとさ、お前に会いたくなって」
照れたようにバーンは笑う。
部屋の窓は開けはなたれているが、バーンはその場から動こうとしない。
何もない暗闇の空、バーンは静かに浮かんでいる。
さて、どうしようかとキースは考えたが、氷使いである自分に寒さは関係ないので
窓を開けたまま会話をするコトにした。
「そうなの?」
「あの…さ」
「何?」
「今、何時?」
「午後11時53分だけど?」
それがどうかしたのかと口を開こうとしたが、キースのその行動は叶わなかった。
突然バーンに胸座を捕まれたかと思うと、ぎこちない動きでキスされたからだ。
肌に突き刺すような寒さの中、触れた唇の温もりがやけに感じられる。
触れ合っていたのは、ほんの一瞬だったのだろう。
だが、バーンからのキスというのは日記に付けて記念日に指定したいぐらい貴重
な行動であるため、キースにとってはとてつもなく長く感じられた。
明日は赤飯にしようかと馬鹿な事も考えて見る。
いつも正常に作動している思考回路は、停止寸前だった。
「……どうしたんだ、突然」
「今日が何の日だったか言ってみろよ」
「……?2月14日だな。祝日でも何でもない平日だ」
「…まぁ、そういう反応がくるとは予想していたけどさぁ……」
バーンは顔を赤らめたまま呆れる。
「今日はお前の誕生日だろーが」
「……ああっ」
今思い出しましたとばかりに、両手を叩く。事実、今思い出したのだが。
「そう言えばそんな行事もあったな」
「お前、俺の誕生日はしっかり覚えているくせに、何で自分の誕生日はきれいに
忘れているんだよ」
「バーンの事だったら、何をさて置いても優先される事柄だからね」
「はぁ」
「その事実は理解したが…、何でこんな時間にここに来たんだ?」
「………それは」
「それは?」
「ギリギリの時間まで、お前に渡すプレゼントを探していたらこんな時間になって
さぁ…。しかも結局プレゼント決まらなくて、何か会いづらくて……。でも今日中に
どうしても会いたくなって…」
「プレゼントなんか気にしなくて良いのに」
「そーはいかねーだろっ。誕生日なんだし」
「いや…さっきまで自分自身に忘れ去られていた誕生日なんだし…」
「それに、俺の時にもいろんなの貰ったしさ…だから……」
バーンは言葉を途中で止められた。キースに抱きしめられたからだ。
「どうしよう」
「何がだよ」
「幸せすぎて死にそう」
「はぁ?何言ってんだよキース」
まさかこんな日が来るとは、昔の自分は想像もしなかったことだろう。
仕事や雑務に追われ、疲れる事も多くはあるけど。
傍にバーンがいて。
一緒に時を重ねるこの日々が。
そんな他愛のない日常が。
何事にも変えられない程愛しい。
「プレゼントは…そうだな。もう一回バーンからキスしてくれたらそれで良いよ」
「なっっ!!!!!あれメチャクチャ恥ずかしいんだぞっっっ!!!!!!」
「ほら誕生日だし」
「……さっきとは全然態度違うな、お前」
溜息をつきながらもバーンは顔を近づけてキスをした。触れるだけの優しいキス。
少し物足りない気もしたが、顔を真っ赤にしてキスをするバーンが可愛いので大
変満足のいくプレゼントである。
「今、何時だ?」
「11時58分」
「んじゃギリギリだな」
バーンは満面の笑顔で言った。
「誕生日おめでとう、キース」
それは何にも変えられない、最高の言葉だった。
誕生日を祝うという事は
貴方の生を喜ぶ人が確かにいるという事なのです