錆びれた廃屋の屋上で、キースはその人が来るのを待っていた。
 待ちあわせの時刻まで、あと五分。
 キースは微動もせず、ただじっと待っている。
 その時、背後のドアから人の来る気配を感じた。
 それに振り向かず、キースは周囲の景色を眺めながら挨拶をした。

「今日は、急に呼び出したりして申し訳ありません」

 だが、その人物は何も答えない。
 それに気にした様子もなく、キースは話を続ける。

「貴方も、何故僕が呼んだのか察しがついてるでしょう。それに関しては、僕もどうこう
 言おうとは思っていません。ただ、僕は真実が知りたいだけなのです」

 そう言って、キースは振り返った。

 

 


「何故、フレイを殺したのですか?ミリアム・ガーネット」

 

 

 


 キースの視線の先には。
 車椅子を使わないで立っている、ミリィの姿があった。
 今まで自分達に見せていた子供らしさは消えうせ、そこには一人の女として存在してい
 る。

「やっぱり…。貴方の目は誤魔化せなかったみたいね」
「どうして、こんな事件を起こしたんだ」
「別に…。こんな事、昔からしていたわ。ただ、今回は死体の処理が間に合わなくって発
 覚しちゃっただけだもの」
「……フレイを使って?」
「そうよ…。あの人、私の事が好きだったのよ」

 ミリィは可笑しそうに笑う。

「虫唾が走るわっ」
「…君は、サイコ使用者なんだね」
「よくわかったわね」
「単なる想像にすぎないよ」
「それは推理って言うのよ。名探偵さん」

 ミリィはゆっくりとキースに向かって歩いてくる。
 その歩き方はとても堂々としていて。

「とても、足が不自由だったという設定に見えないね」
「当然よ。だって最初から歩けるんですもの。ああしていたのは、少しでも弱者に見せる
 ための芝居よ。弱ければ弱いほど、人間は私に疑いの目を向けたりしない」

 そう言ってミリィはキースの側に近づくと、同じように周囲の景色に視線を向けた。
 風が、彼女の長い髪を優しく靡かせる。

「私が超能力を持ったのは、四年前の事よ」

 ミリィが、昔話を語るかのように話し出す。

「風邪をひいて病院に行って……。その時担当医だった先生は、私にある薬物を投与した
 の」
「…サイコ」
「そう。孤児だから、いい実験体が出来たと思ったのね。国から渡されていたその薬を、
 先生は私に飲ませた。これを飲めば、病気なんて直に治る。それどころか、普通の人間で
 は得られる事の出来ない力も得る事が出きるって。そんな事、子供に言ったところで理解
 なんか出来るわけないのにね。でも、これを飲めば助かるんだって思っていた。だから飲
 んだわ。例え後で酷い目にあったとしても、今の状況から逃げ出せるのなら何でも良かっ
 たの。苦しかった。とても苦しくて、私は死んだように意識を失ったわ。実際、死んでい
 たのかもしれないわね。次に気がついたら、今まさに臓器の摘出手術が行われようとして
 いたもの」

 ならば、シスターが見たミリィは本物のミリィだったのか。
 一度死んでしまったが、何らかの理由で生き返ったのだろう。
 おそらくそれは、サイコによって引き出された超能力の仕業。

「私には何がなんだかわからなかった。只わかっていたのは、この人は私を殺すつもりな
 んだ。このままでは殺されてしまうという事だけだった」
「四年前の事件は、君が起こしたんだね」
「よく知っているわね。フレイが国と掛け合って揉み消したのに。そうよ。私が殺したの。
 以外に簡単だった。ちょっと力を込めたら、まるで雑巾みたいに絞られていくんだもの。
 そして、その死体をかき集めて私の死体を作ったの。病気で亡くなった、哀れなミリアム・
 ガーネットの死体を」
「その後、君はフレイと一緒に病院を出たんだね」
「私の体は、素晴らしい程にサイコに適応していた。だから、私の体を研究したいという
 国の申し出を受けて、その変わり私の生活保護の面倒を見てもらう事にしたの。だって孤
 児院にはもう帰れないものね」
「…帰りたくなかったんだろ?」

 キースの言葉にミリィは苦笑する。

「そうね…。帰りたくなかったわ。良い子のふりをするのも、先の見えない生活に戻るの
 も嫌だったもの…」
「そして君は、望んでいた生活を手に入れたわけだ」

 ミリィは髪を押さえつけながら、遠くを見つめる。
 だが、その瞳に景色は映っていない。

「だけど、私を利用しようとする輩も増えたわ」
「その状況を受け入れたと同時に、予測できる事だ。それを考えなかった君のミスだな」
「酷い事を平気で言うのね」
「僕は正義の味方じゃあないからね」
「じゃあ、こうやって私の事を聞いてくるのはお兄ちゃんのため?」
「僕は彼に、真実を与えると約束した」
「…すごい自信家ね」

 ミリィは可笑しそうに笑ったかと思うと、

「先生に殺されていてくれたら良かったのに」

 フレイとは比べ物にならない程の力を放出させた。
 その自体を予測していたのか、キースの周囲には薄い氷の結界が張られている。

「そうやって君は、邪魔者をフレイに殺させてきたのか」
「そうよ。私を邪魔する屑如きに、どうしてわざわざ私の手を汚さなければいけないの?」
「自分の母親まで…君は……」
「会いたかったのは事実よ。会いたかったから、先生にお願いして探してもらったんだも
 の。会って、一番惨忍な方法で殺してあげるためにね」

 クスクスと笑いながらも、ミリィは攻撃をしかけてくる。
 しかし、キースが張っている結界は、如何なる能力も遮断してしまうためにキースの元
 までには届かない。
 攻撃を防ぎながらも、キースは尋ねる。

「どうして僕を殺そうとするんだ」
「邪魔だからよっ」

 それはとても明解な答えだった。

「貴方が邪魔なの。いらないの。貴方がいるかぎり、お兄ちゃんは私の物にならない。だ
 から死になさいよ。死んでよ。貴方がいなくなれば、私は幸せになれるんだから。もう、
 私を邪魔するものは何もないんだから」

 まるで子供のような我侭で、簡単に殺意を抱く。
 いや。子供だからこそ、ここまで残酷になれるのか。
 サイコはミリィの狂気と子供の純粋さだけを増大させてしまっているようだ。

「フレイを壊したのも、君の計画の内なんだね」
「そうよ。先生ってば私の言う事は何でも聞くのよね。何故だかわかる?私に嫌われたく
 ないからよ。拒絶されるのが怖かったからよ。だから私のいいなりになってサイコを飲ん
 だり、私の変わりに人を沢山殺してくれたわ」
「庭に出ている君とバーンの姿を見せつけたのも…」
「当然よ。あそこで先生が壊れてくれないと、私が疑われてしまうもの。幸い、お母さん
 の殺害現場に残っていた痕跡は先生のものだけだし、先生が犯人だ、ってわかったら私は
 安全でしょ?」
「そうすれば、フレイがバーンを狙うと予測して……」
「そんな事態になれば、貴方は必ず助けにくると踏んでいたから」

 キースは、崩れて行くフレイの姿を思い出した。
 馬鹿な男だ。
 こんな女のために、自分を犠牲にしてしまって。
 それでも。
 どうしようもないくらい、彼女の事が好きだったのだろう。

「もう、知りたい事は知ったんでしょ。だったら早く死になさいよ。早く死んでよっ」

 ミリィの力が、キースの結界にぶつかり、衝撃に耐える事の出来なかった結界は硝子の
 ように壊れた。
 それを見たミリィは、勝利を確信した。
 が。
 それこそがキースの狙いだったのだ。

「力の差は、最初からわかっていたんだ」

 ミリィが、結界に気を取られている隙に、射程距離内に入る。

「もう……いいだろ?」

 そしてゆっくりとミリィの額に手をかざして。

 


「君は…四年前に死んだんだ………」

 


 力を放出する。
 ミリィは大きく目を開いたかと思うと、やがてゆっくりと目を閉じ、その場に倒れて行
 く。
 暫くの間、動かなくなった彼女を見ていたが、やがてキースはその場を後にしようと歩
 き出したその時。
 バーンが黙って、その場に立っていたのに気がついた。

「……来ていたのか」
「お前の考えそうな事ぐらい、直にわかるよ」

 そう言って、バーンはキースの横を通りすぎると、倒れているミリィを抱きかかえる。
 ミリィの体に、崩壊の兆しが見えた。

「何したの?」
「…サイコに変えられた遺伝子を、元に戻しただけさ……。それによって酷使されていた
 体が崩壊してしまった」
「…ごめんな」
「どうして君が謝る」
「本当なら、俺がしなければいけない事なのに」
「……君だと、きっと彼女に情けをかけて、殺す事なんてできないよ」

 昔、自分に対してもそうだったように。

「だから…いいんだ」

 キースは思いを込めて呟く。
 やがて、バーンの腕の中で、ミリィの崩壊が始まって行く。

「……兄…ゃん…」

 崩れ落ちて行く中、一瞬ミリィの意識が戻り声を出す。

「お兄ちゃん……。そこにいるの……?」
「ああ…。いるよミリィ…」
「あの…ね。怖い夢…見た……の…。一杯人が死んで……私…一人ぼっちに……なっ…て」
「夢だよ…。俺がここにいるだろ?」
「う…ん。夢…なんだよ…ねぇ」
「当たり前だろ?」
「良かっ…たぁ……」

 その昔のままの微笑みで。
 ミリィはゆっくりと崩れていった。
 バーンは,只、声も出さずに泣いていた。


 

 





 やがて落ち着きを取り戻したのか、バーンは立ちあがってキースの元へと歩いて行く。

「もう、大丈夫だから」

 そう言って、キースの肩に頭を乗せる。
 キースは右手を上げて、優しくバーンの頭を撫でた。

「最後の瞬間、ミリィは正気だった」
「うん…」
「それは、彼女にとって良い事じゃあないのかな…」
「……うん」

 サイコ。
 それは人間の狂気を引き出す薬。
 素晴らしい力と引き換えに心を失う薬は、今も尚この国に広がっている。

「ウォンの奴…。何だってこんな薬をばら撒いているんだ」

 現在、この薬を広めているのは、自分達と同じサイキッカーだ。
 彼は、軍から奪った薬を大量生産し、闇で売買をしている。

「彼は、誰よりもサイキッカーの国を作りたがっていたからな」
「でも、このままいくと国どころか、地球上のほとんどの人間が死んじまう」
「多分、それが彼の目的なんだろう」
「………」
「そうすれば、生き残っているのは、全員超能力者だ」

 それこそが、ウォンの最終目的。
 この地上に、一人の人間も残さないための手段。

「冗談じゃねえっ。そんな事、させてたまるか」
「そう。僕達は、人間の抹殺なんか望んでいない。そして、誰もこんな悲劇的結末を求め
 ていないんだ」

 バーンはミリィがいた場所に視線を送ると、静かに目を閉じ何かを祈った。
 それは神なのか。
 それとも別の何かなのか。

「…帰ろうキース。またレオンが連絡いれて、カルロが怒り狂っていたらヤバイだろ」
「…そうだな」

 そして二人は屋上を後にし、思い扉を閉めた。
 その場には何も残されず。
 そこに人がいた痕跡すら、見つからない。

 

 

 

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