激しい憎悪が私の中で蠢いている。
 苦しい。
 苦しくて、心が暴走してしまいそうだ。
 理由はわかっている。
 今日の昼、警察署で出会ったあの男のせいだ。
 目の前であの男は、愛しい人に触れ。
 微笑みあって。
 その光景を見た瞬間、私の中で抑えきれない殺意が顔を見せる。
 殺してやる。
 その触れた手を引き千切り。
 その見詰め合った瞳を抉りとって。
 殺してやる。
 殺してやる。
 殺してやる。
 殺してやる。
 殺してやる。
 殺してやる。
 殺してやる。
 殺してやる。










 貴方に触れていいのは、この私だけだ。

 

 

 


















 そこは小さな教会だった。
 少し都心から離れたそこは、程よい自然が残っており、ゆっくりとした時間の中で生きて
 いくには、理想的な場所に存在している。
 庭には小さな花壇があり、何十年も前に立てられた建物にも、何処か優しいものが感じら
 れる。

「いい所だね」

 それがキースの正直な感想だった。

「だろ?」

 バーンは笑顔で答える。
 ここに来るまで、かなり無理をしていたようだが、周りの景色を見て少しは気分が浮上し
 たのだろう。
 それを見て、キースは少し安心する。
 昨日、検査の結果、フレイがサイコ使用者である事が判明した。
 その事実を知ったバーンは、一瞬動揺を隠せなかったが、すぐに何もなかったかのような
 顔をして聞いていた。
 そしてキースも、何もなかったフリをして側にいた。

「とにかく、ここの人に会って話を聞かないとね」

 そう言ってキースは、手に持っていた花束をバーンに渡す。

「ミリィの墓参りに来たんだ。バーンが持っている方がいいだろ」
「そうだな」

 今日、二人がここに訪れた建前上の理由は、ミリィの墓参りだ。
 昔お世話になったバーンが、友人をつれてここに訪れたという設定になっている。

「では行きますか」
「そうだな」

 二人は顔を見合わせて、教会の入り口へと歩いていった。

 

 

 

 





「今日は、よくこんな遠い所まで来てくれましたね。きっとミリィも喜んでいるわ」

 シスターが二人に紅茶を出しながら笑いかける。
 その言葉に、バーンの心は少し痛んだ。
 ミリィは生きている。
 そう伝えられたら、どれだけよかった事か。
 だけど今は何も言えない。
 きっと、この先も何も言えないだろうけど。

「ところでシスター。俺、ミリィが死んだ時の事、詳しく知りたいんだ。あの時は突然だっ
 たから動転していて、よく聞かなかったし…」
「そう…。そうね。貴方とミリィは、本当の兄弟のように仲が良かったんですものね」

 少し涙ぐみながらシスターは言う。
 きっとミリィの事を思い出したのだろう。
 そして、シスターが語った内容はこのようなものだった。
 バーンがここを去ってから数日後。
 ミリィは風邪をひいて高い高熱を出し、診察に行った病院で緊急入院を余儀なくされた。
 本人は至って元気だし、様子を見るだけだからと言われ安心したシスターは、また明日こ
 こに来ると言って教会に戻ったらしい。
 そして、それが生きているミリィの最後の姿だった。
 翌日の午後。
 病院を訪れたシスターが見たのは、冷たくなって動かなくなったミリィの姿だった。
 医者の話によると、午前中に様態が急変し、そのまま眠るように逝ってしまったという。
 だが、シスターには、そのような話の内容が理解出来なかった。
 あるのは、只真っ白な虚ろの心。
 何も考えられない。考えるという行為すら思い出せない。
 ミリィが死んだ。
 その現実だけが、シスターが理解した事だった。
 その後、ドナーカードを持っていたミリィは、臓器提供の為にもう暫く病院に留まる事に
 なり、この教会に帰ってきたのは翌日の事になる。
 話を聞き終わったキースは、漠然とした違和感を感じていた。
 何だろう。
 何かがおかしい。
 確かに、それは辻褄のあう話だった。
 だが妙に、都合よく事が進んではいないだろうか。
 ミリィが風邪をひいたのは事実だろう。
 いくらなんでも、このシスターが自分達に嘘をついているとは思えない。
 その時、キースはある事に気づいた。
 病院。
 そのような医療施設には、昔から国や軍などの機関と連結している所が多く、来院した患
 者達のカルテなどが流出されていたり、サイキッカーと思しき者達を入院させて、そのまま
 拘束していたりしたのだ。
 調べてみる価値はあるな。
 カルロに連絡をつけようと携帯電話に手をかけたとき、昨日レオンから預かっていたフレ
 イの名刺が落ちた。
 出かけるときに、携帯と一緒に持ってきてしまったのだろう。
 床に落ちた名刺を拾おうとして手を伸ばすと、自分より先にシスターの手が伸びてきた。

「すみません」
「いえ…。あら?この名刺……バーキンソン医師の…」
「…知っているのですか?」

 その反応に、キースは怪訝な顔をする。

「ええ。この方が、ミリィを診断してくださったのですよ。若手なのに有能だって評判で」

 瞬間、全ての意識が凍りついた。
 今。
 一体、何を言った?

「だから、ミリィが亡くなった時、とても責任を感じてらっしゃって…。その後、別の病院
 に自ら志願して移られたと聞いたのですけど……」
「…そうですか」

 その後、学校から子供達が帰ってくる時間に近づいたので、二人はシスターに挨拶をして
 教会を後にした。
 それから暫くの間、二人は無言で舗装されていない道を歩いている。
 あたりはすっかり日が暮れて、静かな闇が顔を出していた。

「………どうするんだ?」

 最初に沈黙を破ったのはバーンだった。

「…何が?」
「もう、大体の見当はついているんだろ?」
「……まあね。でも、まだ不明な所もあるから、何も言えないけど…」
「この秘密主義」

 そう言って、バーンは小さく笑う。
 それを見て、つられるようにキースも笑った。

「お前って何時もそう。自分の中で納得のいく答えが出るまで、何も言わないんだからな」
「余計な事を言って、不安を煽るよりはいいだろ?」
「だけど、何も言わないのも不安になる」

 バーンは、キースの正面に回り立ち止まった。
 静かな顔をして、互いの瞳を絡ませる。

「言えよ」

 迷いの無い声でバーンは言う。

「お前の中で出した答えを言ってみろよ。言っただろ?俺は真実が知りたいんだ。俺に遠慮
 なんかしてるんじゃねえっ」
「遠慮しているつもりは無いよ。ただ本当に、わからない所があるんだ」
「嘘いえっ」
「本当だよ」

 キースは苦笑して言う。

「君が何を考えているのかは、大体想像がつく。僕もその事を思いついたからね。だけど、
 納得がいかない。何かがおかしいと、僕の中で何かが訴えている。はたして、それは本当に
 正しい答えなのか。自分は何かを、見落としているのではないか、と」
「キース…?」
「だけどこれだけは言えるよ」

 そう言ってキースは、バーンにゆっくりと近づく。
 そして、くしゃりとバーンの頭を撫でた。
 最近、キースがよくやる癖。
 バーンにだけ見せる仕種。

「答えがどう出ても、誰かが傷つく」
「………うん」
「もしかしたら…、傷つくのは君かもしれない」
「うん」

 頭の上に置かれた手のひらの温もりを感じながら、バーンは頷く。
 多分。
 それは、この事件が始まってミリィと再会したあの時からわかっていた事なのだ。

「…それでも、俺は真実が知りたい」
「わかった」

 キースはバーンから手を離すと、悠然と微笑んだ。

「君が望むのなら、僕は必ず君に真実を与えよう」






 

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