その子とは、まだバーンが人間でキースを探して旅をしている頃に出会った。
 所持金も残っておらず、空腹で道端に座り込んでいたときに、行き倒れと勘違いされて…
 …実際、そうなりかけていたのだが、とある協会のシスターに助けてもらった事がある。
 そこは孤児院も兼ねている場所で、親を無くした子供や親に捨てられた子供。そしてサイ
 キッカーと疑われて、親を殺されてしまった子供が多くいた。
 そして、その中の一人がミリィだった。
 鮮やかな金髪。海のように蒼い瞳。透き通るような白い肌。薔薇のように紅い唇。
 まるで童話に出てくるお姫様のように美しい少女。
 だが、その外見に反して性格はすさまじかった。
 孤児院にいる男の子よりも活発で行動力があって、いつも泥だらけで遊びまわっている女
 の子。それがミリィ。
 その明るさと素直な性格で、誰からも好かれていたミリィ。
 まるで本当の兄ができたかのように、バーンに懐いていたミリィ。
 バーンが旅に戻る時、グシャグシャの顔で泣いていたのを今でも覚えている。
 また会いに来るから。
 そんな約束をして慰めて。約束を守るのに、三年近くもかかってしまったけど。
 再び孤児院を訪れた時、シスターは悲しそうな顔で言った。


 ミリィは、あの後すぐ病気で亡くなったと。


 だとしたら、今自分の目の前にいるのは一体誰なのだろう。
 ミリィと同じ名前。
 ミリィと同じ容姿。
 生きていたら、おそらくこんなふうに成長していただろうと思わせる少女が目の前にいる。

 





 その子は車椅子に座って、警察署の廊下にいた。
 側には、背の高い眼鏡をかけた男が守るように立っている。

「まるで、姫と騎士みたいだな」

 キースは素直な感想を述べた。
 確かに、その二人にはそんな印象を強く感じられる。
 だけどどこか少し物悲しいような気がするのは何故だろう。
 その時、眼鏡の男が側に寄ってくる三人に気づいた。

「待たせましたか?」
「いえ…。私達も先程着いたばかりですから」

 そう言って男は名刺を差し出す。
「フレイ・バーキンソンと言います。彼女…ミリアム・ガーネットの主治医で、現在保護者
 代りをしています」
「おや。これはどうもご丁寧に」

 レオンはそう言って名刺を受け取ると、側にいるキースに渡した。
 後で力の痕跡を確認してくれ。
 何も言わないが態度でわかってしまう行動。
 キースはやれやれといった感じで、その名刺を素直に受け取った。
 そして横に立っているバーンに視線を向ける。
 バーンは、ただ少女を見つめていた。
 まるで信じられないモノでも見てしまったかのように。
 無理もないか。
 キースは励ますように、バーンの背中をポンポンと軽く叩く。

「ところで…ミリアムと言いましたね。少しお話がしたいのですが、よろしいかな?」

 刑事の顔で、ゆっくりとレオンは尋ねる。
 この顔を見ている限り、何時もは刑事のくせに犯罪スレスレの事を平気でやっていたり、
 善良なる一般市民を平気で脅したり、サイキッカー集団『ノア』の総帥を顎で使っていたり
 しているなんて夢にも思わないだろう。

「ミリアム?」

 だが、いくらレオンが尋ねても少女は答えない。
 俯いたまま、顔すら上げない。

「すみません…。いくら疎遠になっていたからといっても、実の母親が亡くなってしまった
 ものですから、かなりのショックを受けているようなのです」

 心配そうにフレイが答える。

「そうですか…。では落ち着かれてから…」

 仕方がないといたった感じでレオンが言った時、今まで無言で立っていたバーンが急に動
 いた。
 バーンは少女の前に立つと、目線を合わせるようにしゃがみ込んで言った。

「ミリィ?」

 優しく。

「ミリィなのか?」

 まるで、その言葉を染みこませるように。
 それが伝わったのか、少女の体がピクリと反応する。
 ゆるゆると顔を上げると、目の前にいるバーンと視線を合わせる。

「ミリィ?」

 もう一度問う。

「……ン……ゃん?」

 か細い声が少女の唇から零れる。

「ミリィ」
「…バーンお兄ちゃん………」
「やっぱりミリィなのか」
「お兄ちゃんっっ」

 少女…、ミリィは目を見開いてバーンを見つめると、笑顔でバーンに抱きついた。
 車椅子に座っているから、バーンに向かって前のめりになっている状態なのだが。

「本当に…本当にお兄ちゃん?嘘じゃないよね?バーンお兄ちゃんだよね」

 少し涙声でミリィは言う。

「お前こそ…。お前こそ本当にミリィだよな?夢じゃねーよな」

 優しくミリィの頭を撫でながら、バーンはミリィを抱きしめる。
 いきなりの感動の再開が目の前に繰り広げられて、キース達は暫くの間、状況が把握出来
 なかった。
 話かけるタイミングを失い、途方にくれていると、キースはふとフレイの異変を感じた。
 表情は先程から変わっておらず、表面的には何もおかしなものは感じられない。
 だが、キースが感じたのは内面的なもの。
 一瞬ではあるが、ミリィとバーンが抱き合った時に感じたドス黒い負の感情。

(この男………?)

 妙な違和感を覚えながらも、一瞬だけとらえた気配に確信が持てず、キースは答えを保留
 にした。
 だが、この男には気をつけた方がいいと心の何処かで警告音を発している。

「おーい、バーン。俺達喋ってもいいか?」

 何時までも感動の再開を続けさせるわけにもいかず、レオンが二人に声をかける。

「あ、悪い」

 慌ててバーンが三人の方に振り返る。

「お前達の事、すっかり忘れていた」
「…お前なぁ……。まぁいいけどよぉ。それにしても、まさか本当に知り合いだったとは驚
 きだな。…だけど」

 あの時、バーンは言っていなかっただろうか。
 自分の知っているミリィは、もう死んでいると。
 それに気づいたのか、バーンはミリィの頭を軽く撫でると優しく問いかける。

「ミリィ。少し話が出来るか?」
「うん、大丈夫」
「ミリィッッ」

 その言葉にフレイは慌てる。

「何を言っているんだい。ただでさえ予定外の外出をしているんだ。これ以上こんな所にい
 ると君の体に負担がかかるよ」
「でも、さっきに比べたら幾らかマシになったわ」
「それでも、顔色が良くない。お話なら何時でもできるけれど、ミリィが熱を出してしまっ
 たらどうしようもないだろ?」
「………はぁい」

 ミリィは渋々と承諾する。

「ごめんね、お兄ちゃん。お話出来なくなっちゃった」
「ん?ああ、別にいいさ。今日はミリィも大変だったもんな。話はまた今度でも出来るさ」

 その言葉にミリィは笑顔を見せる。
 昔と変わらない、その微笑。
 ああ。この子はやはりミリィなんだなと確信を持てる。

「それでは、私達はこのへんで」
「ああ。では後日改めて、こちらから連絡させてもらいます」
「わかりました」

 フレイはレオンにお辞儀をすると、ミリィの車椅子を押して歩き出した。

「またね、お兄ちゃん」
「ああ。またな」

 右手をヒラヒラと振って見送る。
 その時、廊下の真中にいたキースが去って行く二人を避けようとした時、タイミングが狂
 ったのかフレイに軽くぶつかった。

「すみません」
「いえ、こちらこそ…」

 軽い会釈をして二人の姿は、渡り廊下を曲がって消えて行った。
 それを確認して、キースはバーンの元へと歩いていく。

「それじゃあ、僕達も帰ろうか」
「そうだな。腹も減ってきたし。誰かさんは奢ってくれそうな雰囲気でもないし」
「ったり前だろ。こっちはまだ仕事が残ってるんだからな。そろそろ検死の結果も出るはず
 だし、今夜は泊まり込みさ。結果が出たら、そっちにもメールで送っておくよ」
「ああ。わかった」
「じゃあな。がんばれよ」

 キースとバーンは、レオンとわかれて警察署を後にした。
 レオンに呼び出された時は日も高かったが、もう太陽は役目を終えて夜に引継ぎをお願い
 している。

「すっかり暗くなっちまったな。晩メシどうする?何処かで食って帰る?」
「いや。今日はこのまま真っ直ぐ帰ろう」

 キースはそう言って、ズボンのポケットから携帯電話を取り出して、短縮ボタンを押す。
 数回のコールの後、相手が電話口に出た。

「僕だけど」

 声の感じが、先程までバーンと喋っていた時とは、明らかに違う。
 その声は『ノア』の総帥、キースの声だった。

「今から少し調べたい事があるんだが……。そう、悪いがすぐ使えるように用意しておいて
 くれないか?」

 それから一言二言何かを言った後、キースは電話を切った。

「お待たせ。それじゃあ帰ろうか」
「何するつもりなんだ?」

 バーンが怪訝な顔をして聞いてくる。
 流石にここまで付き合いが長いと、何時も無表情のキースが何を企んでいるのかぐらいは
 把握できるのだ。
 そんなバーンに、キースは含み笑いで答える。

「帰ってからのお楽しみだよ」

 

 

 

 

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