その人はいつも笑っていた。
 ものすごく強くて、人当たりがいいぶん、何を考えているのかわからなかった。
 だから、聞いてみたかったのだと思う。
 何を考えているのか。
 その瞳の先に、何を見ているのか。
「ビクトールさんは、何で戦っているの?」
 僕の突然の質問に、ビクトールさんは驚いたようだが、笑顔で一言言ってのけた。

 

 

「俺?もちろん自分の為だよ」

 

 

 

 

「そう言ったのかアイツ。ははっ。ビクトールらしいっっ」
「何もそこまで受けなくても……」
 僕は目の前で笑っているフリックさんを睨みつけた。
「はーはー…悪い悪い。で、リーダーは何をそんなにむくれているんだ?」
「別に、むくれてなんか……」
「そうか?」
 そう言ってフリックさんは、ニヤニヤした顔で僕を見つめる。
 何だか、何でも見透かされているみたいだ。
「だって……、だって僕は真剣に聞いたのに、あんなふざけた事言わなくてもいいのに…」
「別にアイツは、ふざけてなんかないさ。それ、本気で言ったんだぜ」
「嘘ぉっ」
「本当」
 何だか吃驚して、僕は手の中にある空のグラスを見つめる。
 あの答えが本気の答え?
 何だか信じられない。
「わからないか?」
「……うん」
「だったら反対に聞こうか。お前は何の為に戦っているんだ?」
「え……?」
 突然、質問の矛先が自分に向かったので驚いた。
 僕の戦う理由。
 ゆっくりと考えながら、僕は答えた。
「僕は…、ナナミとジョウイが幸せだったら、それでいいんだ。その為に僕は戦っている
のかもしれないな」
「でも、あの二人は別にそんな事、頼んだわけじゃないんだろ?」
「うん。僕が勝手にやっている事だもん。僕はあの二人の為なら、どんな事だってするし、
できると思うんだ。あの二人の存在が、僕を生かしてくれる」
 そう言って、ふと、ある事に気づいた。
「フリックさん……。もしかして…」
 慌てて顔を上げる僕を見て、フリックさんは笑った。
「誰かの為に…ていうのは、とても重いなぁ。何しろ、こっちが勝手に決めた事なのに、
その一言で全て、相手のせいになってしまう。それはとても純粋で、とても残酷な思いだ」
「ビクトールさん…だから……」
「アイツもいろいろあったんだぜ。村の奴ら殺されたり、好意を持ってくれていた女を亡
くしたり……」
「…………」
「アイツが戦うのは、誰かの為なんかじゃないんだ。自分がそうしたいから、戦う。だか
ら自分の為に戦っているんだ」

 

 

 俺?もちろん自分の為だよ。

 

 

 笑顔で言ってのけた、あの顔を思い出す。
 やはり、その思いを知った今でも、何を考えているのか掴めない。
 それを知るためには、そうとうの修練が必要なんだろう。
「いや。それはお前のせいじゃないぞ。アイツはどうでもいい事は、うるさいぐらい喋る
くせに、本当に必要な事は何一つ言いやしない。俺もそれで、どれだけ酷い目にあったか
わかりゃしない……」
 真剣な顔をして言うフリックさんを見て、僕は何だかおかしくなった。
「フリックさんも、自分の為に戦ってるの?」
 そう言われて、フリックさんは笑って答えてくれる。
「そうだなぁ。俺の戦う理由は、彼女とつりあういい男になる為だからな」
「彼女…いたの?」
 ふと、ニナの姿が浮かんできた。
 この事を知ったら、どんな反応をするのか考えただけでも恐ろしい。
「もう、ずいぶん前にいなくなってしまったけどね」
「…………」
「だから余計にこだわってしまうんだ。だけど、これは俺が勝手にやっている意地みたい
なもんだからなぁ。やっぱ、自分の為かな」
 そう言って、脇に挿している剣に触れる。
 とても大切に、とても愛しそうに。
 その瞳は、ビクトールさんと同じように、迷いのないまっすぐな輝きを秘めていた。
「僕も……」
「え?」
「僕も、自分の為に戦う。だって。ナナミとジョウイが幸せになってほしいのは、僕がそ
う思っているからだ。側にいてほしいのは、僕の思いだから……」
 僕もこの人達のようになれるだろうか。
 自分自身に誇りを持ち、まっすぐ前を見つめるその強さを。
「だから、僕は僕自身の為に戦う」
 いつか訪れる約束の日まで。
 誰にも負けない、その心を持って。

 

 

 

 

 

 

「あー、こんな所にいた」
「ナナミ」
 突然酒場に入ってきて、ナナミは僕達が座っているテーブルめがけてダッシュしてきた。
「シュウさんが呼んでいたよ。至急、大広間に集合だって」
「だとさ、リーダー」
 フリックさんは立ち上がって、酒場から出て行く。
「あれ?」
 少し遅れて僕達が歩いていると、ナナミは不思議そうな顔をして僕の顔を覗き込む。
「何かあったの?」
「どうして?」
「うーん。何て言ったらいいのかわかんないけど……」
 ナナミは、満面の笑顔で僕に言った。

 

 

 

 

「何だか、すごくいい顔しているよ」