風呂上りでほてった体を冷ますために、少し部屋の窓を開けてみた。少しは暖かく感じられ
 る季節になったがまだ外の気温は低く、冷たい空気がぼうっとした頭を覚醒させてくれる。
 この数日間、いろいろな事があったと銀河は思う。
 何だか一生分のドラマを体験してきたような気分だ。
 そう考えながら、視線はこの数日間で癖になっているのか、隣家のある部屋へと向けられる。
 自分の部屋からは少し位置のずれている場所にある部屋へ。
 北斗の部屋だ。
 ずっと暗闇だったその部屋に今日は明かりが灯されている。それを確認すると、銀河は何だ
 か嬉しくなって少し笑った。
 本当は。
 本当はと言うと。
 今日はずっと一緒にいたかった。
 側にいて、本当に本物の北斗が帰って来たのだと確かめたかった。
 だけどそう思うのは自分だけではないし、北斗の両親の方がもっともっと心配していたのだ
 から、自分の我侭は後に回した。明日になれば、また北斗に会えるのだし。
 そう考えつつも、銀河の視線は北斗の部屋から離れない。
 北斗は今、何をしているのだろうか。
 あの部屋の明かりの中にいるのだろうか。
 そんな事ばかり考えてしまう。
 お約束でいけば、隣家同士の友達の部屋は自分の部屋の真正面にくるのだが、現実はそう甘
 くもなかった。お互いの家自体、他の家よりは少し大きいサイズだし、庭の面積もあるし家
 の構造自体正反対なので、北斗の部屋は自分の位置からではよく見えない。
 見えるのは、その明かりだけ。
 けれど、その明かりが北斗の存在を確かにしてくれている。
 誰かが灯す明かりがこんなにも大切なものになるなんて、少し前までの銀河には想像もしな
 かった事だろう。
 そう考えて、また少し笑った。

 

 

 





 少し体が冷えたのか、大きいクシャミを一つして銀河は窓を閉める。このままでは湯冷め
 して、風邪をひいてしまいそうだ。
 さて寝ようかと思っていた時、軽やかなメールの着信音が聞こえると同時にユニコーンが
 部屋に現れた。

「ユ、ユニコーン?何なんだよいきなりっっ」

 突然の出現に驚いた銀河だが、ユニコーンは我関せずと自分の口に咥えている手紙を差し
 出した。銀河がそれに触れると、目の前に手紙の内容が写し出される。

 

 

 





『銀河を真似して、僕もユニコーンでメールを出して見ました。この方が、顔を見て話すよ
 りも照れくさくないからね。
 銀河はまだ起きている?僕は何だか、いろいろな事が起こりすぎたようで眠れないみたい。
 これを書く前に、暗闇だった君の部屋に明かりが灯されるのが見えました。お風呂にでも
 行っていたのかな?そんな何気ない日常の光景が何だかとても嬉しくなって、僕は帰って
 来たのだと実感してしまいました。
 本当にいろいろあったけれど、銀河にはありがとうってたくさん言いたい。でもそんな事
 を言ったら、君はまた少し照れて怒るのだろうけど。銀河は優しいから』

 

 

 




「……アイツ、何考えてんだ…」

 銀河は顔を真っ赤にしながら、北斗からのメールを読んだ。ちなみにユニコーンはもう任
 務完了をしたと思っているのだろうか、先程からレオと遊んでいる。それを横目で見なが
 ら、銀河はメールの続きを読んだ。別に北斗が恥ずかしいセリフを言うのはいつもの事だ
 し、今更なように感じられるのだが、北斗がいつもの自分を一生懸命見せているのがわか
 るだけに「何だかなぁ」という気分になってしまう。こんな事で誤魔化せるとは、北斗も
 思っていないだろうに。なにせ一緒に電童に乗った仲なのだから。

「でも、誤魔化されてやるよ」

 銀河は諦めたように言うと、自分もメールを書き出した。まだぎこちない手つきで、一生
 懸命キーボードを叩く。
 返事を書きながら、もしかしなくても俺達って似た物同士なのかなぁと考える。お互いが、
 部屋の明かりを確認して安心するなんて、少し馬鹿げているが何だからしくて笑ってしまっ
 た。だから、電童も俺達を選んだのかとか思ってしまう。そんな事ではないのだろうけど。
 返事を書き終えると、銀河はユニコーンを呼んでそれを託した。すると瞬く間に光の粒子と
 なりネット回線へと消えて行く。窓から行った方が早いのに律儀なヤツだと感心してしまっ
 た。銀河は笑いながら、また窓際により北斗の部屋の明かりを見る。
 あの部屋の中で、北斗は自分の返事を読むのだろう。そう考えると、何だかおかしいような、
 くすぐったいような感覚になる。銀河は先程のメールに書かれていた、最後の言葉を思い出
 した。

 





『銀河が僕の側にいてくれて、本当に幸せだと思えるんだ』

 






「俺もだよ。馬鹿北斗」

 そんな言葉は、絶対に言ってやらないけれど。
 そう呟いて銀河は部屋の明かりを消した。