それを見つけたのは、ほんの偶然だった。
 昼休みに、ヤマトの教室に行って見ると姿が見えず、側にいた男子生徒が言うところによ
 ると「この時間になると、女子がもの凄い勢いで弁当持ってくるから逃げている」らしい。

 何だ。数学のノートを借りようと思っていたのに。

 太一は仕方なく、本人無断のままヤマトの机を漁る事にした。自分の机とは違って、きち
 んと整理されているのを見る度に、ヤマトの几帳面さが感じられる。
 だが幾ら探しても机の中から目当てのノートが出てこないので、横に掛けられていた鞄の
 方へと手を伸ばした。他人の私物をここまで好き勝手に触れるのは、長年の付き合い故か、
 それとも太一の性格の所以か…。
 鞄を開けると最初に目に付いたのは、沢山の譜面とMDだった。おそらく放課後の練習に
 使うのだろう。楽譜が修められているファイルには、細かなメモ等が沢山貼られており、M
 Dのラベルにも大きく『十四日までっ』と書かれていた。これは、この日までに覚えて来い
 という指示なのだろうか。
 ふと、そういえばヤマトの家の冷蔵庫も、何やら沢山のメモが貼ってあったなー…と思い
 出す。それは生ゴミの日だとか、不燃物の日だとか、近所のスーパーのお買い得日だったり
 するのだが。あんな外見しているくせに、妙に所帯染みているそんな一面が、太一は結構好
 きだったりする。
 何やら感慨にふけてしまって、思わずいろいろ眺めてしまったが、当初の目的を思い出し、
 急いでノートを探し出した。
 暫く漁っていると、クリアファイルに挟まれている楽譜と共に、目当てのノートが挟まっ
 ているのに気づいた。おそらく楽譜を仕舞う時に紛れ込んでしまったのだろう。
 お目当ての物も見つかった事だし、自分の教室に戻ろうと太一が立ちあがると、手を滑ら
 せて掛け直そうとした鞄を落としてしまった。
 失敗失敗と笑いながら、床に転がっている鞄を持ち上げると、サイドポケットが空いてい
 たのだろう、何やら四角い箱が床に落ちた。硬質な音が、聞こえてくる。

「やばっ」

 割れ物とかじゃないだろうなー…と、ビクビクしながら転がっているソレを手に持つと、
 何やら何処かで見たような形をしている。

 アレ?これ何だっけ?
 何か見覚えあるんだけどなー。

 疑問に想いながら、その四角い箱の蓋を開けて見た。

「…………っ」

 ソレを目にした瞬間、太一の心の中に、言い様のない感情が溢れ出してきた。
 見てしまったら、もう駄目だ。
 ヤマトに逢いたい。
 そう思ってしまった。









 

 

 

 


 いい天気だなぁ…。
 屋上の床に転って青空を見上げながら、学園のアイドル石田ヤマト氏は、何やら年寄めい
 た事を考えてしまう。
 普段なら屋上は危険という事で鍵がかかっており、誰にも入る事は出来ないのだが、女の
 子に追われて逃げていた時に、偶然ここに取り付けられている小窓が、ちょっとした動作で
 開く事に気づき、それ以来この場所はヤマトの最高の隠れ場所になった。
 誰も知らない、秘密の隠れ家。
 その時、背後から誰かが近づいて来る音に気づいた。
 そういえば、一人だけ知っている奴がいたな…と、ヤマトは苦笑した。

「何笑ってんだ?」

 上から覗きこまれて不思議そうに聞かれた。

「いや。何でもない」
「変な奴」
「どうしたんだ太一。俺に何か用か?」

 転がっていた体を起こして座りなおすヤマトを見て、太一もそれにならって腰を下ろした。

「んー。用って程じゃないけどさぁ、ノート借りるぜ。という報告をしようかと」
「お前、また勝手にオレの机を漁ったな」
「だってヤマトいねーもんっ」
「…まぁいいけどさ。で、用ってソレだけか?」
「後、ヤマトに逢いたかったんだ」
「そーかそーか……って、えっ?」

 てへ。と言われて、思わず聞き流してしまったが、太一の発言内容があまりにも凄いモノ
 だと気づき、思わずヤマトは真っ赤になって動揺してしまう。

「ヤマト。顔、真っ赤だぞ」
「うるさいっ。お前が変な事言うからだろーが」
「?俺、何か変な事言ったか?」

 太一は、さも不思議そうに首を傾けて聞き返した。自分の発言が、どれだけヤマトに影響
 を与えたのか、本当に自覚していないようだ。
 それを見て、何だか一人で空回りしているような気分になったヤマトは、先程のトキメキ
 と高揚気分は何処へやら。深い深い溜息をついて脱力してしまう。

 いいけどね…別に。
 こんな事はしょっちゅうある事なんだから、今更落ち込んでいたって仕方がないしな。

 第三者が聞いていたら思わず、「強がるんじゃねぇよ」と慰めの言葉一つかけてやりたく
 なるような励ましを自分自身に施してみた。何だか、物悲しい立ち直りの仕方である。ちな
 みにその間太一は、くるくる変わるヤマトの表情を見ていて「面白い奴だなー」と、呑気な
 事を考えていた事を付け足しておこう。

「…で、何で俺に逢いたかったんだ?」

 取り敢えず、疑問に思った事を聞いて見た。
 これを先に聞いておかないと、また自分勝手な妄想だけ先走って、自滅してしまいそうな
 気がするからだ。いや…もう既に自滅しているのだがな。

「あっ、そうそう。コレ見つけたからさ、何だか急にヤマトに逢いたくなって」

 そう言って太一が差し出したのは、先程鞄から落とした四角い箱だった。
 その箱を見た瞬間、ヤマトは全てを理解して優しく微笑んだ。

「見つかったか」
「ああ。ずっと持ち歩いていたんだな」
「癖になっているんだよ。コレが無いと落ちつかないから」

 そう言ってヤマトはその箱を、太一の手の中から自分の手の中へと移した。
 そして、ゆっくりと箱を開けて中から取り出したのは。
 銀色に輝く、ブルースハープ。
 あの夏の冒険の時に持っていた、大切な楽器。

「最近見なかったから、家に置いているのかと思ってた」
「今はベースを覚えるのに精一杯だから、昔程吹かなくなったけど、コレはお守りみたいな
 モンだからなぁ」
「お守り?」
「ああ…。何でだか聞きたいか?」

 その言葉を聞いて、太一は無言で頷いた。ヤマトは小さく笑うと、手の中のブルースハー
 プを弄びながら、少し昔の話を始めていく。

「ほら。オレの家って、両親離婚しているだろ?離婚する前から二人の間に喧嘩が絶えなく
 てさ…、オレの話なんか何も聞いてくれるような状態じゃなかったんだ。それにオレにはタ
 ケルがいたからな。弟がいる手前、お兄ちゃんという立場にいる俺が我侭言えるワケないだ
 ろ?そうしていたらさ、何時の間にか、言いたい言葉を呑み込んでいくようになってしまっ
 たんだ」

 何だか、ヤマトの中の深い部分に触れているような話だった。

 このまま聞いていていいのだろうか?

 太一はそう思ったが、ヤマトが聞きたいか?と問いかけてきたのだ。自分はただ黙って聞
 いているのが良いんじゃないかと思いなおして、じっと耳を澄まして聞いている。

「そんなある日、珍しく親父が土産をくれたんだよ。番組に使ったヤツとか何とか言って、
 まだ新品だったから貰ってきたらしいんだ。それがコレ」

 そう言って、ヒラヒラとブルースハープを見せる。

「貰ったは良いけど、小学校に入ったばかりの子供にコレだぜ?最初はどうしたら良いのか
 わかんなくって戸惑ったけど、取り敢えず吹く物だから吹いてみたんだよ。そうしたら、今
 迄聞いた事のないような音が出てきて、吃驚したんだ。だけど、何だかとても気持ち良かっ
 た。もう一回吹いて見る。思いっきり吹いたから、凄い音がしたよ。もちろん曲になんか、
 なっていなかったさ。だけど、気持ち良かった。喉の奥に消えていた言葉が、全部吐き出さ
 れていくような気分だった」

 軽くブルースハープに口を当て、ゆっくりと、呼吸をするように吹いていく。
 とても懐かしい澄んだ曲が、優しく二人を包んでいった。

「…あの日からオレは、コレを吹くようになったんだ」

 それを聞いて太一は、だからヤマトの吹く曲が懐かしくて、悲しくって、でもとても優し
 い曲なんだと理解した。
 ヤマトの曲は、ヤマトの言葉なのだ。
 声でなく、音で喋っているのだ。

 そうか。
 だからだったんだ。

「だから、ヤマトの曲って好きなんだ」

 自然と出てきた言葉。
 只、素直に自分の口から出てきた言葉。
 ヤマトの曲は、コレと同じ。

「デジタルワールドでも、ヤマトはコレでいろいろ言っていたんだな」
「ガブモンにもそう言われたよ」

 そう言って、少し照れたように笑う。
 そんなところは、昔とちっとも変わらない。

「じゃあさ、今吹いていないって事はさ、もう言いたい事を言えるようになったワケなん
 だ?」
「まあな。ガブモンと……お前のおかげでな」
「俺?」
「そうだよ」

 ふと気がつくと、ヤマトの顔が太一の至近距離まで近づいていた。何だか、この距離は近
 すぎではないだろうか。見ると、ヤマトは何やら楽しそうに笑っている。

「お前が教えてくれたんだ。言いたい事は、ちゃんと素直に言っても良いってな」

 そう言われても、太一にはまったく身に覚えがない。
 ガブモンはわかる。わかるけど…。

「俺…何もしていないけど?」
「いいんだよ。わからなくても」
「???」

 何が俺のおかげなんだろうと必死に考えている太一の顔を見て、ヤマトは嬉しそうにその
 頭を撫でて「感謝しているんだぜ」と言ってくる。
 何だかな。何だか、素直に言葉を出せるようになった分、ここ最近のヤマトはどうも、何
 を考えているのかわからなくなってしまった。時々こんな事を言って、自分を困らせている
 ような気がする。

 何だかムカツクなー。

 そう思った太一は、ヤマトにリクエストしてみた。

「ヤマト。ソレで何か吹いてくれよ。久し振りに聴きたいや」
「さっき吹いただろ?」
「途中で止めたじゃねーか。ちゃんと聴きたいんだよ」
「我侭だなー」

 そう言いながらも、ヤマトはブルースハープを吹いてくれた。
 デジタルワールドで良く聴いた、懐かしい曲。
 太一はヤマトの背後に回りこんで、その背中に自分の背中をくっつけて耳を澄ました。

 ああ…ヤマトの音だな。

 目を閉じて、その音に体を預ける。
 しかしこの曲を聴けば、ヤマトの考えている事がわかるのではと思いリクエストしてみた
 のだが、やっぱりよくわからない。
 昔と同じように聴こえるが、どうも微妙なところで雰囲気が変わっている。
 それはヤマトの心が、昔とは違うからだろうか。
 何だか淋しい気もするが、それはそれで良いと思う。
 体と同じで、心だって成長していくのだ。確実に。
 太一はいろいろと考えるのを止めて、じっと曲を聴いた。
 ヤマトの曲は、とても心が安らぐ。
 だけど。
 何だかドキドキするのは何故だろうか。
 太一は背中から伝わる体温を感じながら、少し不思議に思った。
 それが昔感じられなかった、ヤマトの心だと気づかないまま。
 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るまで、二人は曲に包まれていた。